大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6773号 判決
原告
吉岡紀哲
被告
有限会社オーハタ急便社
ほか二名
第一 主文
一、被告らは各自原告に対し、一、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一二月二一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、原告と被告ら間に生じた訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。
四、この判決一項は、かりに執行することができる。
第二 原告の申立て
被告は各自原告に対し、三、三一一、三六二円およびこれに対する昭和四二年一二月二一日(本訴状送達翌日)から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第三争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年一〇月三日午後一時三〇分ごろ
ところ 大阪市浪速区大国町一丁目一二四番地先路上
事故車 普通貨物自動車(京四の二二三八号)
運転者 被告山下
受傷者 原告(当時七才)
態様 接触、転倒。
二、被告会社の責任原因(自賠法三条)
事故車の保有者である。
三、被告山下の責任原因(民法七〇九条)
原告が前記道路の横断歩道上を西から東に向けて横断歩行中、事故車を運転する被告山下は右道路を東から北に右折しようとしたが、このような場合歩行者の横断の完了を待ち一時停止をしなければならないのにかかわらず、前方不注視により一時停止を怠りそのまま進行した過失により、前記事故を起こした。
第四争点
(原告の主張)
一、被告大畑の責任原因(民法七一五条二項)
被告山下は被告会社の従業員で、業務に関し事故車を運転中前記過失により事故を起こしたものであるが、被告大畑は被告会社の代表者として被告山下を直接監督していた。
二、原告の損害
(1) 受傷部位・程度、後遺症
右大腿骨々折により昭和四一年一〇月三日天王寺病院に入院して観血的固定整復術を行ない、ギブス包帯を巻いたまま同月一九日退院したが、予後が悪く同月二八日再入院し一一月一四日退院して以後通院治療中である。
右下肢は左下肢に比して約一センチメートルの短縮をきたし、右大腿骨々折部に金属釘を入れておりいずれ抜去の予定であるが、右下肢の短縮については治ゆ不能であり、びつこの不具者となつた。この後遺障害は自賠法施行令別表一一級(昭和四二年政令二〇三号による改正前のもの)に該当する。
(2) 数額計 三、三一一、三六二円
(イ) 逸失利益 一、三一一、三六二円
(A) 労働能力喪失 二〇パーセント
労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表および労働基準局長通達(昭和三二年七月二日基発五五一号労災保険法二〇条の規定の解釈について)別表労働能力喪失率表による。
(B) 就労可能期間、収入
事故当時七才であつたから、平均余命は六〇・六八年で五三年以上存命し、その間少なくとも二〇才から五〇才に達するまでの三〇年間は就労するものと推認される。原告の父の職業は産婦人科、内科、外科の医師であり、また原告の知能、記憶力も優秀であるから、同人は本件事故で受傷しなければ、成年に達したのち男子労働者として取得しうる平均収入と同程度以上の収入をあげえたというべきところ、昭和四一年度の労働者労働統計調査部編賃金センサス第一巻第二表によると、男子労働者の毎月きまつて支給される現金給与額による平均月収は左のとおりである。
二〇才から二四才まで 二七、九〇〇円
二五才から二九才まで 三五、六〇〇円
三〇才から三四才まで 四二、五〇〇円
三五才から三九才まで 四七、四〇〇円
四〇才から四九才まで 五二、二〇〇円
(C) 逸失利益現価(右各期の二〇パーセント減、年五分の中間利息はホフマン式により控除)
二〇才から二四才まで 一九四、六一六円
二五才から二九才まで 二一三、八五六円
三〇才から三四才まで 二二六、八四八円
三五才から三九才まで 二三九、〇六六円
四〇才から四九才まで 四三六、九七六円
(D) 被告らは、原告の右下肢短縮は将来の労働能力に影響するところはない旨主張するが、通常人に比し労働能力が劣ることはまちがいない。そして、その労働能力喪失率算定の準拠につき前記資料以外には公的資料がなく、他によるべき資料もしくは合理的一般的基準がないかぎり、右資料により労働能力の喪失を推定してもあながち不当ではない。かりに、右下肢短縮による逸失利益が肯定されえないとすれば以上の逸失利益額を慰謝料として加算すべきである。
(ロ) 慰謝料 二、〇〇〇、〇〇〇円
前記後遺症により将来にわたり肉体上の劣等感に悩まされることは明らかである。この精神上の苦痛は、原告の家庭環境、情緒、能力等を総合して判断すると、右の額をもつてようやく慰謝されるものといわなければならない。
(被告らの主張)
一、原告の逸失利益は存在しない。
原告は右下肢約一センチメートルの短縮をきたしたことを理由に逸失利益の損害賠償を求めているが、右短縮自体は原告の成長に伴い現症状より徐々に治ゆするであろうと認められ、成年に達したのち就労するであろう十数年後の時点においても、なお右身体障害を残すとは断定できない。
のみならず、かりにわずかの短縮をきたすとしても、歩行はもちろん将来原告の労働能力になんらかの影響を及ぼすとは考えられない。ことに原告の家庭環境からいつて、下肢を中心とした職種の肉体労働に就くことはとうてい考えられず、事務労働ないし頭脳労働に従事するであろうことは容易に推認しうるところであるから、前記わずかの短縮が労働能力に影響するはずがない。
右の点に関し原告は、労働省労働基準局長通達に示された労働能力喪失率表の適用を主張するが、同表は身体的障害と稼働利益喪失の関係を科学的に調査して作成されたものではもとよりなく、労働基準法に規定された使用者の労働者に対する業務上災害の障害補償につき、障害と補償額の関係を流用して作成されたものである。さらに同表は、主として肉体労働者を対象として作成されたものであるから、本件のように事務労働ないし頭脳労働に従事するであろう原告に適用することは、きわめて不合理といわなければならない(なお原告は、前記障害が改正前の自賠法施行令別表の一一級に該当し、したがつて労働基準法施行規則に基づく身体障害等級表の一一級に該当するというが、改正前の右自賠令一一級(現行一三級)は労働基準法施行規則に基づく身体障害等級表の一三級に該当するものであるから、前記労働能力喪失率表によつても原告の喪失率は九パーセントである。)
そうであれば、原告にかりに後遺症としてなんらの自体障害が存在するとしても、現行の損害賠償制度のもとにおいては、身体障害者となつたことによる精神的苦痛の問題に帰するものであり、逸失利益を請求しうるものではない。
二、被告らは本訴状の送達を受ける前に五〇、〇〇〇円を弁済した。
第五証拠 〔略〕
第六争点に対する判断
一、被告大畑の責任原因(民法七一五条二項)
原告主張のとおり(〔証拠略〕)。
二、原告の損害
(1) 受傷部位・程度、後遺症
原告主張のとおり(〔証拠略〕)。
(2) 数額 一、五〇〇、〇〇〇円
(イ) 逸失利益 認められない。
原告の後遺障害は現段階において自賠法施行令別表一三級八号(改正前の一一級八号)に該当する程度のものであり、将来その消失は望み薄なのであるから、その将来における労働能力にもある程度の減退をきたすものと認めえなくもない。しかし、原告主張のような家庭環境等を考えると、原告は将来事務労働ないし頭脳労働に従事する可能性が強いというべきであるから、右下肢約一センチメートル短縮程度の後遺障害により、はたしてその主張どおりの減収をきたすものかどうかは疑問である。
もつとも、右の程度の後遺障害が存続するかぎり、原告が将来において有形無形の損害を受けるであろうことはたやすく推測できるけれども、将来の減収額を的確に認定しうる証拠のない以上(原告主張の労働能力喪失率表のような一般的・画一的な行政上の基準により減収額を算定するのは、本件のような児童の場合適切でない)逸失利益を肯認することはできず、右のような事情は後記慰謝料額算定のうえでしんしやくするほかはない。
(ロ) 慰謝料 一、五〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき点は左のとおり。
(A) 前記受傷部位・程度、後遺症。
(B) 入院中観血的固定整復術を受け言語に絶する苦痛を味わい、現在なお骨折部に金属釘を入れているが、仮骨が過剰に形成され釘を包んでいるのでその抜去は困難であり、これが異物反応を起こして骨随になんらかの影響を及ぼす恐れを否定し去ることはできない。
(C) 当時小学校一年在学中であつたが、受傷後約二か月間休学せざるをえなかつた。
(D) 右大髄部に手術痕があり、半ズボンをはくとこれが露出する。
(E) 事故後自動車を恐れ、いまなお事故の衝撃から脱しきつていない。
(F) 被告会社は原告の入院治療費約一三万円のほか、見舞金として五万円を支払つた。
(〔証拠略〕)
三、結論
被告らは不真正連帯債務の関係で原告に対し、前記慰謝料一五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年一二月二一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)